日本とブラジルは12時間時差があるんで今頃日本は大晦日の朝なんでしょうね。
ブラジルはあと1日あります。
今年ももう終わりますが、この1年どうでしたか?
僕は初めてのブラジル生活にいろいろと戸惑ったり、困ったり、腹が立ったり、呆然としたりしましたが、これまでの人生の中でも1番有意義な時間を過ごせた1年だったと思ってます。
なぜか分かりませんが年を重ねるにつれて「今年は有意義に過ごせたな」と思えるようになってきました。
「去年よりも良い年だったな」と毎年思うんです。
でも今年は本当に不思議な出会いを仕合せていただいたり、大好きな音楽を勉強したり、旅行にも行かせてもらったり、内容の充実した時間をたっぷり過ごすことができました。
来年はもっと楽しい年になることでしょう!
明日は大晦日です。
年越しはブラジル流にビーチで過ごす予定です。
たくさんの花火が上がるそうで、日本とは違った雰囲気を楽しんでこようと思っています。
2008/12/30
今年ももう終わり
2008/12/28
Alessandra LeãoとIsaarに会いました
一昨日、Recife Antigoにある大きな広場、マルコ・ゼロ"Marco Zero"で音楽のショーがありました。
マルコ・ゼロでは年末年始毎日なにかショーをしているんですけど、今回は僕がすごく好きな歌手アレッサンドラ・レアゥン"Alessandra Leão"とイザール"Isaar"の2人が出演するということで友達と見に行ってきました。
2人とも日本では知られていないと思いますが、ペルナンブッコ州出身の歌手で、地元では人気です。
アレッサンドラはサンパウロ、リオ・デ・ジャネイロ、ミナス・ジェライスやポルトガルにもツアーを組むほど人気です。
ショーは写真を撮っても大丈夫なのでデジカメを持っていきました。
会場には久々に会う友達もいて、「うわぁー、久しぶり!」と声をかけてきました。
友達に「カメラ持ってきたんだけど、彼女たちと写真を撮れると思う?」と聞くと「スタッフの人に聞いてみないとね」ということで一緒にステージの裏側に回ってみることに。
係員を見つけたので「僕の日本人の友達が写真を撮りたいんだけど、大丈夫かな?」と友達が聞いてくれ係の人も「ちょっと待ってくださいね」と彼女たちを呼びにいったんです。
えっ?こんなに簡単に会えるもんなん!?と思ったんですけど、本当に本人がやってきたんです。
アレッサンドラはいなかったんですけど、イザールはいたので会ってくれたんです。
写真も撮らせてもらいました。
少し話もしたんですけど、「そろそろ出番だから行きますね」と戻っていきました。
そうこうしているうちにアレッサンドラが会場入りして、彼女にも会うことができたんですが、僕の中ではかなりすごいアーティストなので本当にビックリしました。
一緒に写真も撮らせてもらいましたが、2人ともとても気さくで一般人と全く壁がないような感じでしたね。
ブラジルでのアーティストとの距離の近さには驚かされます。
もちろんスーパースター級のアーティストになるとSPなんかも付くと思いますが、「私もペルナンブッコ出身なの」みたいな素朴さというか、親近感は地方でしか味わえないでしょうね。
感動でした。
さてさて、ショーのほうですが、こちらも非常に内容の良いもので最高でした。
アレッサンドラは歌うと同時にパンデイロも叩くんですけど、これが上手い!
彼女はパンデイリスタとしても知られています。
サンバ、ココなどいろんなリズムを刻んでいました。
アレッサンドラのビデオと2人と撮った写真も貼り付けておきます。
2008/12/25
Feliz Natal
ポルトガル語で"Feliz Natal"とはメリー・クリスマスという意味です。
今ブラジルは夏です。
クリスマスなのに暑いんですよね(笑)
日本で過ごすクリスマスとは全然違うので変な感じがします。
暑いんですけど、クリスマスは全世界共通ところがあるようで、気温が30度以上になってるのにサンタクロースはあの分厚いコート着てますし、クリスマスツリーには雪の装飾が施されているし(一体何人のブラジル人が実際にクリスマスに雪を見た事があるのか非常に気になります)、クリスマスというのは寒い時期の行事だということがイメージとして定着しているみたいです。
昨日はクリスマスイブということでパーティーに呼ばれました。
ブラジルではクリスマスは家族と一緒に過ごすのですが、パーティーには僕がお世話になっている家庭の親戚一同が集まって一緒にご飯を食べました。
そのあとサンタクロースが出てきて子どもたちにプレゼントを配ってました。
子どもたちみんなにプレゼントがあったんですけど、その量にビックリしました。
各家族が甥っ子、姪っ子にプレゼントを用意してきたんですけど、子ども1人に家族数分あるわけで、1人が40リットルのポリ袋にいっぱい入るくらいのプレゼントをもらっていました。
自分が小さいときはこんなにプレゼントもらったことないなぁ、と少々うらやましく思いました。
しかし、今あまり物欲が他の人に比べて少ないのは小さい頃から我慢すること、与わったものを最大限に喜ぶことを覚えたからでもあり、小さい頃にプレゼントとかをもらい慣れずに済んだのは両親のお陰で、そのことを今では感謝してます。
前にもブラジルはコントラストの国だと書いたことがありますが、「何でも好きなものを買ってあげるよ」といえる人もいれば、ボランティアの団体が配るお古の人形やサッカーボールしか子どもにプレゼントできない人もいます。
何が良いとか悪いとか一言ではいえませんけど、ブラジルはこんな国です。
さて、サンタクロースで思い出したんですけど、このブログを読んでいるあなたはサンタクロースの存在を信じますか?
僕は13歳まで本気で信じていました。
わが家では毎年クリスマスイブの日に新聞紙を使って大きな靴下の形をしたプレゼント入れを作り、枕元に置いて寝てました。
翌日には必ずその靴下の中にプレゼントが入っていて、期待していたものとは違っていましたけど、嬉しかったですね。
ある年のクリスマスには台所の冷凍庫にアイスが入っていて、「夜中にサンタクロースが来てアイスを持ってきてくれた」と両親にいわれたのを信じてめちゃくちゃ感動しました。
今から100年以上も前のことですが、非常に有名な話があります。
ニューヨークに住んでいたヴァージニアという女の子がサンタクロースの存在を確かめるためにニューヨーク・サン新聞社に手紙を送りました。
この手紙に答えた記者フランシス・チャーチ氏は一躍有名になりました。
詳しくはWikipediaのこちらのページを参考にしてください。
家にやってきてプレゼントを置いていくサンタクロースこそいないかもしれませんが、僕は今でもサンタクロースの存在を信じています。
やっぱり夢がないとおもしろくないと思いませんか?
クリスマスは子どもだけでなく大人にも夢や希望を与える日であってもらいたいな、と思います。
2008/12/23
年末年始のレシーフェの予定
この間「レシーフェのすごいところは無料でいろんなショーが見れる」という内容の記事をブログに投稿しましたが、年末年始はものすごいことになっています。
日曜に外出したときこのショーの予定表を路上で配っていたのでもらったのですが、その充実ぶりにびっくりしました。
予定表をそのまま書いてみます。
PÓLO MARCO ZERO(マルコ・ゼロ会場)
Domingo,07 de dezembro
18h30 - CANTANA NATALINA DAS ESCOLAS MUNICIPAIS DO RECIFE
Sexta-feira,13 de dezembro
20h30 - Orquestra Criança Cidadã
21h10 - Ed Carlos
22h00 - Daniel Bueno
22h50 - Joquinha Gonzaga
23h50 - Gabriel Sá
00h30 - Trio Nós
ごめんなさい、あまりに出演するバンドやグループが多いので断念しました。
しかしこれは最初の週末のしかもマルコ・ゼロだけの予定表であり、この他にも10ヶ所くらいあるんです。
ロック、マンギ、フレーヴォ、劇などなど全部数えたら100以上グループがあるんじゃないでしょうか。
かなりすごいですよ、レシーフェ。
他の州に住んだことのあるブラジル人の友達に聞いたんですけど、どうやらペルナンブッコ以外にこれだけのショーを無料で見れるところはないみたいです。
話によればギャラやその他の経費は全て市がまかなっているそうで、1つの政策だそうです。
他の州にはあまりない多文化を表に出して観光客を呼び寄せて州全体の収入を増やそうとしている(現在の市長が始めた計画だそうですが、おかげで随分と収入が上がってきているそうです)のと、あと最下層で生活しているお金の無い人も見ることができるため、悪政に対する嫌な思いを忘れさせようという目的だそうです。
どっちにしてもなかなかすごい計画ですよね。
おかげさまでいつも音楽を楽しませてもらっています。
2008/12/21
Batizado!
昨日は僕がマラカトゥを練習しているコルポスでのバチザード"Batizado"がありました。
バチザードというのは「洗礼式、洗礼の儀式」とかいう意味です。
僕が参加しているクラスの初めての路上演奏だったんですが、それを洗礼に例えてバチザードと呼んでいるんです。
写真は代表を務めるジョルジ・マルチンスの挨拶です。
この日のためにコルポスのスタッフはいろんなものを僕らのために用意してくれていました。
コルポスはプロジェクトの一環として一般の人たち以外に子どもたちにもマラカトゥやその他のパーカッションを教えています。
この子どもたちというのはファヴェーラに住む貧困層の子を中心としていて、音楽を通して地域改善を目指しているんですね。
その子どもたちの演奏あり、サンバのエスコーラあり、ココのグループあり、レゲエのバンドありのお楽しみ満載のバチザードだったんです。
さらにスタッフの人たちの持ち寄りで食事も用意されていました。
さて、1番肝心の僕らの演奏はというと、初めての路上演奏ということもあり少々緊張していたせいもあり、間違えてしまいました。
普段の練習では完璧にこなせれていたのに、合図に合わせてリズムを変えるところ路上の雰囲気と、その場のアレンジにひっかかった感じで、一時演奏が中断してしまう場面もありました。
いきなり外ですることになっても変化をつけてバッチリ演奏できるようにもっともっと練習しないといけません。
少々悔しい思いもしましたが、空の下で叩く太鼓は本当に気持ち良く、最高でした。
思いっきり太鼓を叩いたし、サンバも踊りまくったし、超楽しいバチザードでした。
2008/12/18
パンデイロ・マスターの弟子がレシーフェにやって来る
ブラジルでパンデイロ・マスターといえばまず名前が挙げられるのがマルコス・スザーノ"Marcos Suzano"です。
僕はつい最近まで彼のことを全然知りませんでした。
マラカトゥを教えてくれているグループのスタッフの人がいろいろと教えてくれたんですけど、そのマルコス・スザーノの弟子の1人であるベルナルド・アギアール"Bernardo Aguiar"が来年の1月にレシーフェにやってくるそうです。
僕がいつもマラカトゥを練習しているコルポス・ペルクッシーヴォス(本当はマラカトゥだけを練習するグループではなく、名前にペルクッシーヴォ"Percussivo"「パーカッションの」とついているように打楽器をアレンジして演奏するパーカッショングループなんですね)の代表でもあり責任者であるジョルジ・マルチンスはこちらではかなり有名なアーティストなんですね。
それで彼との繋がりがあるブラジルのミュージシャンが結構いるんですよね。
ベルナルド・アギアールもその中の1人で、以前彼がレシーフェに来たときに仲良くなり、コルポスの人たちと交流を持つようになったのです。
1月6日から20日までレシーフェに滞在して音楽の勉強をする予定(ベルナルド、実は弱冠24歳!まだまだ音楽の勉強中だそうです、僕より2歳も年下なんですけど超大物アーティストのバックバンドでパンデイロ奏者として活躍しています、スゴイ!)なんだそうですが、こっちにいる間にパンデイロのワークショップも開くそうなのです。
「そのときには一緒に練習受けに行こう」と仲の良いスタッフに誘われたんですけど、超嬉しかったですねぇ。
かなり楽しみです。
2008/12/14
レシーフェのすごいところ
治安が悪くて、お世辞にも住みやすい街とはいえないレシーフェですけど、自分的にはかなりすごいと思うところがあります。
それは音楽のライブが無料で見れるというところです。
以前にもペルナンブッコ州は音楽のるつぼといわれるほど音楽文化に富んでいると投稿しましたが、レシーフェでは常にどこかでライブをやっていて(そのほとんどは週末でRecife Antigo地区で行われます)ストリートミュージシャンとかアマチュアのショーとかではなく、CDも出しているブラジル全国的にも有名なアーティストのライブも見れます。
マラカトゥ、ココ、フォホーなどのショー、毎週火曜のテルサ・ネグラやこの間行われたカリブ音楽祭も全て無料なんです。
お金を払わずに見れるのも驚きなんですけど、そのレベル、質の高さにも驚かされます。
サンパウロではこんなライブあるんでしょうかねぇ?
向こうはペルナンブッコほど音楽がないようなので、ライブ自体も少なそうですね。
あったとしても巨大なホールでの有名なアーティストのライブとか。
レシーフェでの音楽生活はかなり楽しいです。
2008/12/11
2008/12/09
Tristeza...
"Tristeza"というのは日本語にすると「悲しみ」という意味です。
とても悲しい事件が起きました。
昨日のコンセイサゥンの日の朝方にイガラスー"Igarassu"という街からコンセイサゥンの丘まで歩いていた29人のグループがあったんですね。
この人たちが道を渡ろうとしたときに酔っ払い運転をしていた車がそこに突っ込み7人が亡くなったのです。
イガラスーはレシーフェから車でも1時間くらいかかるほどで、歩くと軽く半日は要します。
なので夜中の暗いうちにイガラスーを出発したものと思われます。
これもコンセイサゥンへ「約束を払う」ための行動だったんでしょう。
実はこの中にフラーヴィア"Flávia"という女性がいて、その人は現存するマラカトゥのグループでは最古のマラカトゥ・エストレーラ・ブリリャンチ・ヂ・イガラスー"Maracatu Nação Estrela Brilhante de Igrassu"の最重要人物ドナ・オウガ"Dona Olga"(総責任者のような感じです)の孫娘だったんです。
彼女の死により今月の12日に予定されていたマラカトゥの誕生日を祝うイベントは中止になりました。
今朝、このニュースがいたるところで話題になっていました。
祝日にこんな悲しい事件が起こってしまい、本当に残念です。
2008/12/08
Festa do Morro
今日はレシーフェの祝日、コンセイサゥンの日"Dia de Conseição"でした。
前にコンセイサゥンの教会に一人で行ってきたんですが、今日は友達も誘って行ってきました。
写真はコンセイサゥンの像です。
花が飾りつけられていて、いつもより華やかです。
Dia de Conseiçãoまでの一週間はこの教会でお祭りが行われており、その期間中ものすごい数の人で賑わいます。
するのは「約束を払う」ことです。
願いを叶えてもらったお礼に約束を果たすわけなんですが、そのほとんどはお供えをするみたいです。
お寺のお布施みたいにカトリックの教会ではロウソクや花束をお供えするそうなんですが、今日はその人たちでいっぱいでハンパなかったです。
まず教会の近くでバスを降りて丘を登って行ったんですが、教会に続く階段が人でいっぱいでなかなか進まず、その時点で体力消耗しました(階段を上っているときにペルナンブッコ州の知事とレシーフェの市長を見ました)
しかも今日の最高気温は31度で、汗ダラダラでした。
しかしもっと強烈な熱さが教会で待っていたのです。
道にはロウソク売りがたくさんいて「ロウソク3本でR$2!」と売り歩いていました。
このお供え用のロウソクを買って火をつける訳なんですけど、コンセイサゥンの像のすぐ近くにロウソクを置くところがあり、そこに近づいたときはあまりの熱さでめまいをするほどでした。
ところがそこで仕事をする人は1日中火の番をしないといけない訳で、しかも1週間以上続くお祭りの期間中ずっとそこにいるんです。
大変だなぁと思いました。
この写真がロウソクをお供えするところです。
本当はしばらく教会に残ってお祭りの様子を見たかったんですが、カーニバル並みに人が多くて暑さもすごかったので午前中に帰りました。
友達は生まれも育ちもレシーフェですが、今回初めてコンセイサゥンの教会に行ったそうです。
感想を聞いてみたんですが「人が多くて地獄だった」とのこと。
でもいろいろとこちらの宗教事情を勉強できたのでよかったです。
2008/12/07
ブラジルのお金持ち
最近本当に忙しくて、なかなかブログ更新できません。
今週末は誕生日パーティーに招待されたので行ってきました。
会社の社長さんの息子さんの誕生日パーティーだったんですが、スケールの大きさにビックリしました。
以前にも誕生日パーティーのことを投稿しましたが、それを凌ぐデカさでした。
家の敷地内には芝生があって、そこに子どもが遊ぶ遊具が用意されていました。
この遊具、なんという名前なのか分かりません(ポルトガル語ではプーラ・プーラ"Pula pula"といいます)が、大型のコンプレッサーで空気を入れて膨らませ、滑り台として使ったり、中に入って飛び跳ねたりして遊びます(こんな遊具です)
これが3台もあって、敷地中に飾りの風船、招待された子どもたちのためにたくさんのお菓子、カクテルのカウンター、オードブルなんかもあって、度肝を抜かれました。
カメラを持っていかなかったのでそのときの様子を伝えるのが難しいですが、とにかくとんでもないパーティーでした。
パーティーに呼ばれたのは親戚や両親の友達、主役の男の子の同級生とその家族などあまりに人が多かったので数え切れないくらいでした。
これは僕の意見なので全ての日本人がそう考えているとはいえませんが、ブラジルはあまり裕福な国だとは思っていませんでした。
発展途上国ではないにしても、先進国には入らないような、生活水準の低い国だと思っていました。
ところがブラジルは世界で10番目に裕福な、お金持ちな国なのです。
広大な土地から生まれる生産物、国民の60パーセントが20代以下という若い力、最近注目されるバイオディーゼルの分野では世界で最高レベルの技術などなどほかにも様々なポテンシャルを持った国なんですね。
しかし、生み出される利益のほぼ全ては一握りのお金持ち手元に行きます。
ブラジルのお金持ちはいつまでたってもお金持ちで、お金のない人はいつまでたっても貧乏なんです(必ずしも全部が全部そうとは限りませんが)
なのでブラジルのお金持ち、というと日本のお金持ちと比べられないくらいお金を持っているんです。
僕の友達がこんなことをいっていました。
「オレの知り合いの人がアフリカで長い間ボランティア活動してたんだけど、初めてブラジルに来たときにアフリカで受けたショックよりもっと大きなショックを受けたんだって。活動してた国ではみんなが貧しい生活をしていたから現地の人もそれが当たり前のように感じてるんだけど、ブラジルは何千万もするマンションのすぐ隣にファヴェーラがあって、年収数億の人と年収数万円の人が同じところに住んでいるからその差にビックリしたみたい。ブラジルほど裕福な国もないけど、ブラジルほど惨い国もないよ」
コントラストの国ですね。
彼の話によるとブラジルでもペルナンブッコ州が1番貧富の差が激しいらしいです。
この仕組み、いつまでも変わらないんでしょうね。
ブラジルが全ての人が平等に生きていける国になってもらいたいものです。
2008/12/01
Feira Japonesa 日本市
最近忙しくてなかなかブログを更新できませんでした。
さてさて、昨日は11月最後の日曜日でした。
毎年この日にはレシーフェのフェイラ・ジャポネーザ(日本語では日本市になります)というが開催されるのですが、今年も盛大に開かれました。
レシーフェに住む日系人の数はサンパウロ、パラナーに比べれば圧倒的に少ないので、このお祭りもたいしたことないんじゃないかと思っていたんですが、これが結構すごかったんですよ!
会場となった旧市街地の一角は所狭しと屋台が並び、入り口には大きな鳥居が。
実は僕もお店のお手伝いをさせてもらったんです。
「日本語で名前を書こう」といって筆ペンを使って本にはさむしおりにカタカナで名前を書いていました。
朝の9時から夜の9時までずっと会場にいたんですが、結構大変でした。
思っていた以上に「日本語で名前を書いてくれ」とブラジル人が集まってきて、ずっと筆ペンを動かしていました。
屋台のほかにも特設ステージがあり、いろんな出し物が披露されました。
日本人会の青年会によるよさこいソーラン節、リオの日系人(だったと思います)歌手のMio Matsudaさんのショー、サンパウロの琉球太鼓グループの演奏、浴衣パレード、盆踊りなどなど目白押しでした。
1日十分楽しませてもらいましたがめちゃくちゃ疲れました。
あまりの疲労のせいで今朝は寝坊までする始末。
レシーフェのみなさん、また来年の日本市には来てくださいねー。
