この記事をもって約1年に渡って続けたブログを終了します。
ブラジルに行けて本当に良かった。
何が良かったか、それは念願のブラジルに行けたこと、ポルトガル語の勉強がこれでもか!というほどできたこと、いろんなブラジルの顔を見れたこと、そして何より自分が日本人として生を受けたことに感謝の気持ちが生まれたことです。
日本に帰ってきてまず感じたことです、道が平ら!水道水が飲める!街にゴミが落ちていない!などなど、これまで気づきませんでしたが、日本はすごい国なのです!
日本は世界でもお金持ちのグループに入る国であり、さらにマナーがしっかりしており、この完璧ともいえる秩序は奇跡的だと思いました。
日本に住んでいる人たちはこれが当たり前だと思っていますが、ブラジルに住んでいたからそう強く感じるのです。
ブラジルで教えてもらった苦しい中も必死に乗り越える真面目さ、これは本当に僕の心の大きな宝となりました。
これさえあればある程度の壁は乗り越えられる、そう思ってます。
様々な教訓を学びました。
人生を教えてくれたブラジルに、日本の良さを教えてくれたブラジルに、最高の日々を送ることができたブラジルに感謝します。
Obrigado!!!
このブログはこのままにしておきます。
ブラジル、特にレシーフェについて参考にしていただければ幸いです。
では、失礼します。
ありがとうございました!
2009/04/28
Muito obrigado,Brasil.
2009/04/24
サンパウロ観光
遅ればせながらブログ更新します。
もう日本に帰ってきたんですけどね。
帰国する直前にサンパウロを観光してきました。
どこへ行ったかというとサッカー博物館です。
僕が好きなサッカークラブ、コリンチャンスがホームスタジアムとして使うパカエンブー・スタジアム"Estádio Pacaumbu"の中にあるんです。
その日はサンパウロに住む日系人の友達に連れて行ってもらいました。
まずサンパウロの印象はというと、坂が多すぎ!!!
1月にサンパウロに来たときには内陸にあるバウルー"Bauru"という街にいたんですが、そこも坂が多いなー、という感じだったんですけど、それよりもさらに坂が多く、そして急でした。
車でいくつも坂を越えてパカエンブーに到着しました。
パカエンブーはサンパウロでも一番伝統ある球場なんだそうです。
スタジアム前で記念撮影して博物館に入りました。
まず最初に迎えてくれたのはブラジルのクラブチームの古いポスターやイラストなどでした。
今では見れないようなポップなデザインから貴重なエンブレムまでありました。
エスカレーターを上っていくと次にあったのは透明なアクリル板のような透明な板がいくつも天井からぶら下げられていて、そこにプロジェクターからサッカー選手が映し出されていました。
宙に浮かんだ選手他がボールをパスしあっているような感じで、かなりオシャレでカッコよかったです。
その次はサポータールーム。
スタジアムで応援している各チームのサポーターが部屋いっぱいに映し出され、音響もものすごかったです。
試合の時にはスタジアムが揺れるんですが、その部屋もわずかに振動が伝わってきて、臨場感満点でした。
それから次はワールドカップの歴史のコーナーでした。
そこにはなんとペレが初めてワールドカップでゴールを決めたときのユニホームが飾られていて、その周りで子どもたちが一緒に写真を撮っていました。
あと数字で見るサッカーや、スタジアムの中が見れるところもありました。
PKのゲームやテーブルサッカーなどもあり、子どもを連れて行っても十分楽しめます。
特にサッカー好きの人、サンパウロに行かれる際には是非ともこのサッカー博物館に行ってください!
2009/04/14
Até mais,Recife.
いよいよ今日、レシーフェを旅立ちます。
日本に帰るのは17日でそれまでサンパウロで過ごすのですが、今日でレシーフェとはお別れです。
しんどい時期もありかなり時間が経つのが遅いと感じたことも多々ありましたが、過ぎてしまえばやっぱり速かったんかなぁ?と感じてもいます。
それはレシーフェで過ごした日々が本当に充実していたからで、これほど密度の濃い時間を過ごすことができたのはこれまでの人生でも片手で数えるくらいです。
腹が立ったことなんて数え切れません、でもその分楽しいことも数え切れないくらい経験して、生き方をブラジル人から学んで、日本の良さを再確認した1年でした。
またレシーフェには絶対に来たいと思ってます。
とにかく最高の1年をありがとう!
ブログのほうは日本に帰るまで続けますので、もう少しのお付き合いを。
2009/04/13
3日目 ピラニア、ワニと一緒に水泳
ペトロリーナの旅も最終日になりました。
この日はサゥン・フランシスコ川"Rio São Francisco"に友達が連れて行ってくれました。
このサゥン・フランシスコ川、ブラジル国内では最大の川なのです。
「アマゾン川のほうが大きいんじゃないの?」と思われる方もいると思いますが、アマゾン川はコロンビアやエクアドル、ペルーにも支流があり、その全てはブラジルにあるのではないのです。
またアマゾン川同様大きな川として知られているパラナ川も、アルゼンチンに流れ名前もラ・プラタ川と変わります。
サゥン・フランシスコ川はミナス・ジェライス州"Minas Gerais"から始まり、バイーア、ペルナンブッコを流れ、そしてアラゴアス州"Alagoas"とセルジッピ州"Sergipe"を分ける境界線をなし海に流れ込んでいます。
この水域に住み人たちは海岸沿いに住む人と同じように川に泳ぎに行きます。
それで僕も一緒に行ってきました。
まず驚いたのは砂の細かさ、海の砂と大して変わりません。
石がゴロゴロ転がって、歩くのも大変な日本の川とは全然違いました。
もちろん淡水なので水からあがった後も体がヒリヒリする心配もありません、思い切り川に入ろうとしたのですが…。
「まぁ特に危なくないけど、一応いっておくと川にはピラニアとかワニがいるから」と友達。
そこから一気に血の気が引いていき足を水に入れるのもおっくうに。
「大丈夫、ケガをして血を流していたらピラニアたちが集まってくるけど、ピラニアもワニも人がたくさんいてうるさいところにはあまり寄ってこないから」と友達。
でも恐いんです、何が?って水の濁り具合が。
ひざ辺りまで水に浸かっちゃうと足元がもう見えないくらいで。
これじゃあ周りにどんな魚がいるのかわかりません。
かなりビビりながら川に入ったんですが、バシャバシャ泳いですぐあがって、これの繰り返しでした。
結構深いところまで行ったんですけど、それ以上は無理でした。
お昼には川で獲れる魚を食べようということで、バール"Bar"で頼んだ魚を食べました。
クリマター"Curimatá"というサゥン・フランシスコ川の魚で、開いたものを焼いてくれました。
レモンをたっぷり絞っていただきましたが、最高に美味しかったです。
「日本人は魚が好きなんだね」といわれるくらい食べてしまいました。
日焼け止めを塗らなかったので、一日中泳いだ後僕も友達もエビのように真っ赤になり、背中が痛くてしょうがなかったです。
夜に夜行バスに乗り、次の日の朝に無事にレシーフェに到着しました。
田舎の旅は都会とはまた違った楽しさがありました。
特に人々との関わりが街の人よりも強くて、大きな家族にいる感じがしてとても居心地が良かったです。
またペトロリーナに行きたいなぁ。
2009/04/10
2日目 ヤギ肉グルメとセルタゥンの野生動物たち
ペトロリーナ旅行記、2日目です。
この日は朝から川を渡って反対側の町、バイーア州のジュアゼイロに行きました。
連れて行ってくれたのは前日の交流会にも来てくれた僕の友達の友達で、ジュアゼイロに住んでいる人です。
バスに乗ってしばらくすると橋が見えてきました。
この橋を渡ってジュアゼイロの中心街を見て回りました。
ペトロリーナよりも一回り小さなところで、それほど見るところもなかったんですが、戻るときに渡し舟に乗れたのがよかったです。
ペトロリーナは大学の町として知られていて、いろんな学部が町のあちこちに点在していて、ジュアゼイロの人もこのサゥン・フランシスコ川を渡ってペトロリーナに勉強に来るのが一般的なようです。
5分程度で渡るんですけど、州と州と船で結ぶところがなかなかおもしろいなと感じました。
さて、お昼にこれを食べよう!と連れて行かれたところがあるんですが、そこはボドードロモ"Bodódromo"という名前の場所で、ヤギ肉料理専門店が軒を連ねる、ラーメン博物館ならぬヤギ肉スタジアムだったのです。
ボドードロモの前にはヤギの銅像と看板が。
田舎ではヤギ肉が好まれて食べられます。
しかし、ヤギ肉といっても本当はヒツジ肉を食べてるそうで、本物のヤギ肉がもっと硬く臭いも強いみたいですが、その分噛むほどに味が出てくるスルメのような肉なので、ヤギ肉のほうが好きだという人もいます。
ちなみにヤギのことをポルトガル語でボーヂ"Bode"というんですが、Bodeプラス、専門、専用の場所を意味する"-ódromo"でボドードロモになります。
リオの有名なカーニバルでおなじみのパレードコースをサンボードロモ"Sambódromo"、また喫煙者専用スペースをフモードロモ"Fumódromo"といったりします。
僕らが食べたのはヤギ肉(本当はヒツジ肉なんですが)のシュハスコ。
臭みがなくとても美味しくいただきました。
その後、ペトロリーナにあるブラジル軍隊の練習場(というんですかね?)に行ってきました。
ここにはペルナンブッコの田舎に生息している動物を集めたミニ動物園があるのです。
セルタゥンでの訓練、天候以外にもこの野生動物にも気をつけないと危険な目にあうので、その参考に観察できるようにしているのです。
兵隊さんが炎天下の中大声で点呼をしていたんですが、その中を通してもらいミニ動物園に案内してもらいました。
敷地内にはセルタゥン特有の巨大なサボテンが生えていました。
動物園にはヒョウ、イノシシ、キツネ、スッポンの仲間のカメと陸ガメ、インコなどなどなかなかおもしろい動物たちがいました。
話がそれますが、カメ肉はおいしいんだとか。
ただ今はもうノルデステでは禁止されているようで(アマゾンとかではあるんでしょうかね)食べれません。
一度どんなものなのか食べてみたいです。


2009/04/09
ペトロリーナ1日目
ただいまかえりました。
今朝バスでレシーフェに帰ってきました。
日曜日の夜、バスに乗ってペトロリーナへ向かいました。
着いたのは翌日月曜日の朝6時、約10時間の旅でした。
この夜行バス、冷房をガンガンにきかせており、外はまだ蒸し暑いというのに長袖と毛布を被らなければならないほど寒かったです。
この冷房のせいかどうかは分かりませんが、ペトロリーナに着いたときには左ひざが痛くて、何これ?と思ってたんですけど、いつの間にか治っていました。
バスターミナルに友達たちが迎えに来てくれていて早速彼の家へ行きました。
ペトロリーナはペルナンブッコとバイーアの州境の町で、人口は28万人、町の歴史は新しく1870年にできました。
ペルナンブッコとバイーアを分ける境界線はサゥン・フランシスコ川"Rio São Francisco"で、川を渡ればバイーアのジュアゼイロ"Juazeiro"という町になります。
この日は友達の奥さんの妹が町を案内してくれることになり、町の中心街をあちこち連れて行ってくれました。
まず最初に連れて行ってくれたのはランドマークである大きなカテドラルです。
石だけで建てられており、ステンドグラスはすべてイタリアのローマ製なんだそうです。
いろいろステンドグラスを見たことがありますが、このグラスが1番なんじゃないかなというくらいきれいでした。
その後はセルタゥン博物館"Museu do Sertão"に行きました。
セルタゥンのいろいろなものが置いてあるとのことでしたが、展示物の多くはペトロリーナ市長が使ったものとか遺品で、セルタゥンの生活に関わるものが少なかったのが残念でした。
しかし、数少ない生活用具の中におもしろいもがありました。
ブラジルではファリーニャ・ヂ・マンヂョカ"Farinha de mandioca"という粉を食べ物にかけて食べるんですけど、そのファリーニャを昔ながらの製法で作る道具が置いてあったのです。
まずマンヂョカ芋を手動の機械に通してすりおろし、水分を絞ります。
水を絞る道具は木の皮で編んだ細長い籠のようなもので、ここにすりおろした芋を入れ両端を持って引っ張るとギュッと筒状の籠が細くなり水が絞れるのです。
残念ながら写真を撮り忘れてしまいました。
夜には友達が僕のために交流会を開いてくれました。
彼の家に集まったのは赤ちゃんも入れると23人!
非常に楽しかったです。
お土産を持っていったのですが、とても喜んでもらえました。
何を持っていったかというと、日本の割り箸です。
その割り箸に来てくれた人の名前をカタカナでそれぞれに書いて渡しました。
田舎の人はとても純朴で、レシーフェとはまた違った雰囲気の中たくさん話ができてよかったです。
2009/04/05
2009/03/28
新たな出会いに感謝
ここ水曜、木曜と風邪を引いてしまい寝込んでいました。
熱まで出たんですが、夏風邪はキツイですね。
今は全快しており大丈夫です。
昨日、新しい出会いがありました。
僕の父の幼なじみの友達が中学卒業後、単身ブラジルに来られてポルトガル語の勉強をされ、その後ブラジルに住む日本人の方と結婚されました。
息子さんたちは全員ブラジル生まれ、それぞれ独立して仕事もされているんですが、その方は実家のご両親の介護のため地元に帰ってきています。
帰ってこられてもう5年くらい経つんですけど、僕もいつもお世話になっていて、家族ぐるみの付き合いをしています。
その方の長男さんがブラジルで働いていて、今回なんとレシーフェに転勤が決まったから、また時間を見つけて会ってみて下さい、との連絡をいただいたのです。
実は昨日ご長男さんと会いました。
木曜日にレシーフェに到着されたんですが、その翌日である昨日に会えました。
名前をJさんというんですけど、このJさん牛肉の会社で働いており、彼は支店の責任者でその管轄はというとブラジル南東部、中西部、北部そして北東部なのです(!!!)
ブラジルに5つある地域のうちの4つが管轄って!と驚いたんですけど、その分仕事もかなり忙しいみたいです。
全く不思議ですよね。
それまで全然見たこともない人に紹介だけで、しかもほんの少しのやりとりだけで地球の裏側でこうして会えたんですから。
「また日本に帰る前に一緒に出掛けましょう」と誘われました。
ありがたいなぁ、と思いました。
2009/03/23
日本のサブカルチャーのすごさ
一昨日からあるものを見ています。
それはブリーチという日本のアニメ。
少年ジャンプに掲載されていて、テレビ放送もされているほどの人気なのですが、これまでただの1回もマンガを読んだこともなければ、アニメを見たこともありませんでした。
ブラジル人の友達でブリーチ好きの子がいて、「バンカイ!!」(ブリーチに出てくる技の一種)とよくいってくるんですが、そのバンカイを「卍解」と書くことも最近知りました。
それで家にパソコンがあるんですが、テレビで放送されたもの全てダウンロードして保存してあり(しかもポルトガル語の字幕つき、完璧です)、一緒に見るようになったんですが、最初は途中から見出して、ストーリーが全然つかめないので第1話から見せてもらうことにしました。
その結果見事にハマッてしまったのです、笑
僕はドラゴンボールを見て育った世代で、アニメ、マンガといえばドラゴンボールが1番!と思っているんですけど、最近のマンガもおもしろいですね。
実は2年前も同じようなことがあったんです。
友達が薦めてくれたおかげで全く興味を持っていなかったデスノートというアニメを見るようになり、これもハマッてしまい、夏休みを利用して1週間で全てのエピソードを見ました。
週に3回日本語を教えているんですが、生徒さんたちの大半は日本のアニメを見て日本語を勉強するようになったみたいです。
ちなみにブラジルで大成功したマンガ、アニメはナルトです。
海外で日本語熱が非常に高くなっているということをある程度は知っていましたが、ここまで影響力を持っているとは知りませんでした。
ある友達がブラジルにおいてのイタリア文化、ドイツ文化、日本文化のそれぞれの影響力の話をしてくれました。
これまでも何回もブログに投稿してきましたが、ブラジルは移民の国で、その多くはヨーロッパから渡ってきました。
サンパウロには相当の数のイタリア人が移住したそうですが、イタリア文化は壁が薄いので、誰でも接触しやすいのですが、簡単に溶け込んでしまうので、食べ物(スパゲティー、ピザなど)もほとんどブラジルに吸収されてしまいました。
イタリア移民に次いでポルトガル、ドイツからの移民が多いのですが、ドイツ文化は伝統に重きを置くのでその分壁も非常に厚く、他を寄せ付けないのでドイツ人しかいないところでしか発展しなかったのです。
実際にブラジル南部のサンタ・カタリーナ州"Santa Catarina"ではドイツ移民がつくった街があるんですが、影響力自体はその地方だけにしかないようです。
そして日本文化、彼いわく日本文化が1番ブラジルにおいて危ない存在だそうです。
マンガ、アニメというサブカルチャー、寿司などの和食、これらは自分たちのすぐ身近にあるものばかりで、壁は薄いといえます。
ところが日本はブラジルとは全く違う異物を持つ国であり、それはブラジル文化に全く溶け込むことなく独自の発展を遂げてきました。
ブラジル文化を守ろうとする側にしてみれば脅威的な存在なのです。
サブカルチャーの力を全然知らなかったので、そうなのかぁー、と驚きました。
アニメを見ることによってこちらの勉強になる事もあります。
字幕を見て、こんな風にポルトガル語に訳すのか、とうなずきながら見てます。
これでいろいろ話をするときの話題も増えるし、ホント、アニメ様々ですね。
2009/03/20
世界一税金の高い国
僕がいつもセントロ"Centro"(街の中心街)に行くときに使うバスに乗っていると、なかなかおもしろいものが見れます。
それはインポストメトロ"Impostômetro"というもので、インポスト"Imposto"とは「税金」のことでメトロ"Metro"とは「メーター、計り」という意味です。
直訳すると「税金メーター」になりますが、このメーターを見ると今年1月からのブラジルの国民によって納められた税金がどれくらいなのかわかるんです。
毎日休むことなく、1秒ごとに何千、何万単位でどんどん上がっていってるのですが、今日見たときには2 Bilhões=R$20億まで達していました。
R$1を45円で計算すると、今年は今日までに900億円の税金が納められたということです。
このインポストメトロにはトゥリリャゥン"Trilhão"(兆の位)まで用意されています。
ブラジルが世界一税金の高い国だということを知っていますか?
このメーターを見たときに友達と一緒にいたんですが、彼が教えてくれました。
確かにブラジルは世界で10番目にお金持ちの国で、豊富な資源と、若い力、そして近年は技術力もつけてきており、先進国に仲間入りできるポテンシャルを持っているですが、貧富の差はものすごく激しいです。
税金が高くなってもお金を持っている人には大した問題ではない(全員がそうとはいえませんが)んですけど、貧困層に住む人たちは本当に厳しい生活に追いやられるのです。
昨年、最低賃金がR$400に上がりました。
貧しい人たちにとってはよいニュースのように見えましたが、そこには落とし穴が。
最低賃金が上がった分、お米や豆などの穀類、それを材料とするパンなどの食品を中心にあらゆるものの税金が上がったのです。
なので貧しい人たちの生活はほとんど改善されてない、という状態です。
力のあるものが楽々通れる国です。
世界全体がそんな感じですが。
